対馬における古代琴製作~旅人のコト プロジェクト~
「万葉集」において、天平元年(七二九)に大伴旅人が対馬の結石山にあった桐の古木で琴匠に作らせた日本琴一面を、藤原房前に贈ったとされる記述があります。
万葉集その三百十九(桐の琴をお贈りします)
729年のことです。
大宰府長官大伴旅人は朝廷の要職にあった藤原房前(ふささき:不比等の第二子 参議)に梧桐(ごどう)で作られた琴を贈るにあたり歌二首を添えた書状をしたためました。書状は旅人が夢に見た琴の精である乙女との会話から始まります。
『この悟桐製の日本琴(やまとこと)は対馬の結石山(ゆひしやま)の孫枝(ひこえ:根もとの脇から生えた枝) から作られたものです。
この琴が夢で乙女になって現れ、こう言いました。
「私は遥か遠い対馬の高い峰に生え、大空の美しい光に幹をさらして育ちました。いつもまわりを雲や霞に取り囲まれ、山や川のもとで遊び暮らし、遠く海の風波を眺めながら、伐られるか伐られないか分からないまま立っていました。ただ一つ心配なことは、このまま長い歳月を経たのち寿命を終え、空しく谷底に朽ち果てることでございました。
ところが幸いにも立派な工匠(たくみ)にめぐり合い、伐られて小さな琴になることができたのです。音は粗末で響きも悪うございますが、いつまでも徳の高いお方のお側に置いて戴けることを願っております。」
このように語った乙女は次のように詠いかけました。
「 いかにあらむ 日の時にかも 声知らむ
人の膝の上(へ) 我が枕かも 」 巻5-810 大伴旅人
( いつ、どんな時になったら、この琴の音を知ってくださる人の膝の上で、膝を枕に横たわることができるでしょうか。)
「 言問わぬ 木にはありとも うるはしき
君が手(た)馴れの 琴にしあるべし 」 巻5-811 同上
( 物を言わぬ木であっても、お前はきっとすばらしいお方の寵愛を受ける琴になることができましょう。)
「 言とはぬ 木にもありとも 我が背子が 手馴れの御琴(みこと)地に置かめやも 」 巻5-812 藤原房前
( 物言わぬ木であっても、あなたさまのご愛用の琴です。決してわが膝から離すようなことはいたしません。) 』
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その琴はどのような琴だったのか。
この時代に対馬で奏でられていた音楽はどのようなものだったのか。
万葉集に記された対馬の琴について歴史的・物理的検討を行うことで、音楽の面から古代対馬文化の実際に迫ることができるのではないだろうかと始まったのが、「旅人の琴 プロジェクト」です。
提案をくださったのは、県事業「ながさき音楽祭」で以前よりお世話になっていた世界的クラシックギタリストの山下和仁さん、作曲家の藤家渓子さんです。
私たちは古代琴の製作とその琴を利用した演奏会を実現するため、セミナーやワークショップなど様々なアプローチを行い、沢山の方々のご協力のもと「琴」を仲立ちとした交流を深めることができました。